デジタル化は、国家間の新たな衝突の火種をも内包している(イヴォンヌ・ホフシュテッター) | 現代新書 | 講談社(1/2)
2022年2月末、ロシアによるウクライナ侵攻が開始された。侵攻前のアメリカによる機密情報の公開、ハッカー集団アノニマスのロシアへのサイバー攻撃など、科学技術がいかに現代の戦争のゆくえを左右するか、わたしたちはその動向を驚きとともに見つめている。デジタル・テクノロジーは、政治的・軍事的にどのように利用されているのか?
全5回に分け、イヴォンヌ・ホフシュテッター『目に見えない戦争――デジタル化に脅かされる世界の安全と安定』(渡辺玲訳)から抜粋して紹介する。
最終回は、中国グローバリゼーションの論理と、デジタル・テクノロジー戦争における安全性の死角について見ていく。
第1回:21世紀の戦争にとってますます重要になるデジタル・テクノロジー第2回:戦争は情報空間で遂行され、政治メッセージはビジュアル化される第3回:デジタル情報空間では、真実と政治的共同体は没落の危機にある第4回:自律移動ロボットが人間の生死を決断する恐ろしいシナリオ

中国のグローバリゼーションは別の仕方で機能
アメリカが主導するグローバル化には、多くの国が置き去りにされたと感じている。
国際関係学を専門とするウルリヒ・メンツェルによれば、アメリカによるグローバル化は世界的な「資本主義化の徹底」を意味していた。
メンツェル名誉教授は、特に中国に関する知見が深く、中国の劇的な変動を数十年来、追っている人物である。彼は、私たちのよく知るグローバリゼーションのアメリカ的な性質を強調する。
なぜなら、グローバリゼーションというのは、私たちの知るもの、また経験してきたものとはまったく別の仕方でも機能しうるからだ。
「新自由主義的な型にはめてグローバリゼーションと資本主義の世界的な拡大を同一視するのは誤りである。中国では別の形でグローバリゼーションが実践されている」
デジタル化に次の波を起こすと考えられるのは、中華人民共和国である。とっくにアメリカをコピーするだけでは満足できなくなっている中国だが、一つだけ例外がある。帝国主義的権力の獲得である。
特に中国が輸出する経済体制は、アメリカ流グローバリゼーションとは根本的に異なっている。ウルリヒ・メンツェルは、その違いを端的に表現する。

レントの論理に基づく制度の拡大
「世界の少なからぬ部分は、利益の論理ではなく、レントの論理で動いている。レントシステムもグローバル化する。アンチテーゼはつまり、グローバリゼーションは新自由主義的理解による資本主義の拡大ではなく、レントに基づく制度の拡大のことである、というものだ。このとき、中国はロシアと同等の先駆的役割を果たしていく存在である」
メンツェル教授の補足説明によれば、利益とは資本投資の報酬であり、賃金とは人間の労働への対価であり、レントとは土地利用に対する収益である。
「土地といっても、大地の深くにあるものを含めたすべてを指している。つまり、農業だけでなく、鉱業も含むということである」
原油もだ。大麻、ダイヤモンド、水、不動産もだ。これらを採取したり栽培したりする者は、利益を追求する事業者として行動するのではなく、レントを徴収する。
こう言うこともできる――ドナルド・トランプは実業家などではまったくない。
家賃や借料と引き替えに、所有不動産の第三者による使用を許すのだ。埋蔵されている石油をレント収益に変えるサウジアラビアの石油王と同じく、不動産という財産を使ったレントの受領者である。

中国とロシアは「資源を政治的に管理」
中国とロシアのやり方は違う。彼らは「事業活動によってではなく、経済につながる資源を政治的に管理することによって」収入を得る。土地、そしてそこに付随するもののすべてだ。 そして、レントシステムの耐久性が見えてきている。
「レント収入〔モデル〕は普及してきている。何といっても、政治権力に基づいているからだ」。ウルリヒ・メンツェルは言う。「これは利益の論理が多くの国で展開しなかったことの説明にもなる。レントの論理が利益の論理より強いことを証明したのだ」
「一帯一路の取り組みはマルコ・ポーロへの感傷的な思い出によるもの、と考える人がドイツには稀にいるが、そんなものではない」と、二〇一八年のミュンヘン安全保障会議におけるウルリヒ・メンツェルと意を同じくするジグマール・ガブリエル外相が警鐘を鳴らすのも、もっともだ。
「〔一帯一路は〕世界を形成する包括的なシステムを中国の利害関心に基づいて設置する試みを表している。経済だけの問題ではない。西洋的なシステムの代替として中国が開発する包括的なシステムは、自由、民主主義、各個人の人権に基づいたわれわれのモデルとは異なるものである」