「値上げしてもお客は離れなかった」キッチンカーとお客に聞いた「円安・値上げ」ホントの話

ランチ時に行列ができる、都心のフードトラック。
ランチ時にオフィス街に現れるビジネスパーソンの味方・キッチンカー(フードトラック)。
手ごろな価格で、温かくて美味しく、場所によっては日替わりで別の「お店」が楽しめる。働く人にとって最も身近で「なじみ」の飲食店の1つとも言える。
そんなキッチンカーが今、⽌まらない円安、原材料費とガソリン代の⾼騰というトリプルパンチに見舞われ、「値上げ」の決断を迫られている
取材をしてみると、「値上げをしたらお客が離れてしまうのでは?」と頭を悩ませる人がいる一方、「値上げしてもネガティブな声はなかった」というキッチンカーの店主も。客側も「好きなお店なら値上げしても構わない」という、持ちつ持たれつのホンネも見えてきた。
「値上げ」をめぐる、キッチンカー・ビジネスの現在地と、お客のホンネを追ってみた。

キッチンカーはコロナ以降、さらに増えた

キッチンカーには、ある意味で今の日本の飲食を取り巻く縮図とも言える要素が揃っている。
この10年右肩上がりで店舗数が増えているが、コロナ禍で飲食店が営業自粛を余儀なくされたため、2019年以降その数字はさらに伸びている。
東京都の資料によると都内を走るキッチンカーは2022年9月時点で5000台以上まで増加した。
2016年に創業したメロウ(Mellow)が運営する「SHOP STOP」は、キッチンカーと空きスペースを所有する土地オーナーや管理者をマッチングさせるスマホアプリだ。オフィス街を中心に、多くのスペース、多くのキッチンカーが登録されている。
メロウの発表によると、「SHOP STOP」の登録店数は、2020年9月の936台から2022年9月には1853台と、ここ2年間で約2倍に登録台数が増えた。
SHOP STOPに登録するフードトラックの数も右肩上がりで増え続けている
2022年9月に行われたメロウの調査によれば、「SHOP STOP」登録事業者の回答者(294サンプル)のうち、27.9%が「既に値上げした」と答える一方、19%が「値上げをするつもりはない」と回答している。この厳しい環境の中でも、2割ほどは企業努力で解決しようという姿勢なのだ。
およそ8割が値上げをした、する予定、検討すると回答している。

「値上げしてもお客さんは離れなかった」

「ALCA DELI.(アルカデリ)」オーナーの菅原優美子さん(40)。
店内の本格石窯で焼き上げる焼きカレーを販売する「ALCA DELI.(アルカデリ)」オーナーの菅原優美子さん(40)。2020年6月からキッチンカーでの営業を始め、南青山、国分寺、竹芝など首都圏を移動しながら営業している。今年7月に値上げに踏み切り、全てのメニューを60~100円引き上げた。
「五種の野菜盛り焼きカレー」980円。
値上げのきっかけは仕入れ値の上昇だ。安い仕入れ先を探しても、そこもすぐに上昇する”いたちごっこ”が続いていた。営業努力だけではどうにもならない限界を感じたという。
悩んでいるなか、同業者との情報交換のなかで、「値上げしてもお客さんは理解してくれるよ」という言葉を聞いたことが背中を押した。
当初は値上げでお客が離れるのではと不安だったが、先に値上げを実施しても営業を続けられている同業者の声を聞いて値上げに前向きになった。
いざ値上げしてみると、お客の反応は意外なほどポジティブだった。以前から来ていたお客からは「しょうがないよね」という声が多く、ネガティブな声はなかったという。値上げをしても売り上げに変化はなかった。客離れは起きなかった。
値上げした後の変化をみてわかったことは、「ファンは理解してくれる」ということだと話す。
今では「商品の質を下げるより、値上げして質を維持したほうがお客さん離れは少ないと思う」と語る。
オープンとともに新型コロナウイルスの影響で、緊急事態宣言やまん延防止措置が発令され、街から人が消えた。営業を続けられるか悩み、泣きそうになったことは何度もある。自分ひとりではどうしようもなかったが、お客さんの「美味しかったよ」「やめないでね」という言葉に励まされて続けてこられた

「やっと値上げしたの?」というお客さんからの声

「AKASAKA KITCHEN」を営業する赤坂真悟さん(37)。
フタが閉まらないほどからあげが山盛りになった「からあげボウル」が名物の「AKASAKA KITCHEN」を営業する赤坂真悟さん(37)。横浜市や杏林大学、竹芝などで営業しており、今年4月に一律50円の値上げに踏み切った。
値上げ前は客が減るのではという不安があったが、実際はそれほど変わらなかった。むしろ「やっと値上げしたの?」「800円で妥当だよ」という肯定的な意見のほうが多かった。
今のところ売り上げは変わらないが、今後さらに価格を上げる可能性はあるという。価格を上げるとしても上限は900円まで。
イベントなどで地方に行くと800円でも高いと言われてしまうこともあるからだ。900円以上にしなければならなくなった場合は、唐揚げの量を減らしたり、メニューを変えたりする「実質値上げ」を検討するという。
売上は月100~150万円ほどだが、天候の影響やイベント参加の売り上げの上下で安定はしていない。10年後、20年後もキッチンカーをできるかはわからないので、将来的には固定店舗をかまえたいという。
値上げはこのご時世仕方ないが、「できれば消費税を下げてもらえば、自分もお客さんも楽になる」と話す。自身も値上げを迷う同業者には「お客さんの数は変わらない」「むしろ利益は上がる」と勧めている。

「ちょっとでもお釣りがあったほうがお客さんは嬉しいですよね」

値上げを決断した人がいる一方、「お値段据え置き」を続けている人もいる。
固定店舗を持ちながらキッチンカーも運営している、「肉のまかない弁当 やまと」だ。千葉文也さん(36)は40年にわたって千葉県船橋市に店を構える老舗「焼肉やまと」の社長から、キッチンカーの営業を任せられた。普段はお台場、半蔵門、竹芝などに出店している。
「このご時世だと、僕が単独で今の営業を続けるのは無理ですね。固定店舗があるからできています」と千葉さんは語る。
キッチンカーは固定店舗の売上がコロナ禍で下がったことから、2021年5月に始まった。「牛タン塩ランチ」ははじめから950円とフードトラックでは強気の価格で設定した。本来なら1000円を超えてもおかしくはない商品だが、「900円は安い、1000円は高い」という判断から950円に落ち着いた。今でも充分「コスパはいい」と言われるので、現状では値上げをする気はない。「ちょっとでもお釣りがあったほうがお客さんは嬉しいですよね」と千葉さんは語った。
当初月60万円だった売上は順調に右肩上がりを続け、2022年に入って月140万円にまで到達した。
ただ、「やまと」が値上げをしないで済んでいるのは、肉の仕入れを固定店舗がしてくれているからだ。固定店舗がまるまる1頭分買いとった牛肉から、お店に出さない端肉を弁当に使っている。「タンシタ」と呼ばれる他の店は使わない部位を調理しているので、コストを抑えることができているのだ。端肉といっても充分美味しいので、満足度は高い。美味しさとボリュームを考えれば、確かに「コスパがいい」。
コロナ禍でマンションでの販売も始めたが、最近はマンションでの売り上げは低下傾向で、オフィス街に人が戻っていることを実感している。今狙っている出店場所は銀座と赤坂だ。地域によって明確に売り上げに差が出るので、どこに出店するかが鍵だと千葉さんは語る。
国に対しては、「道路使用許可をとるのが大変なのでもっと簡単にしてほしい」と話す。お客さんに対しては、「できれば美味しかったと感想を言ってもらえると励みになる」と話した。

お客:ランチ代は1000円がひとつの目安

竹芝のオフィス街は多くの人が集まる稼ぎ所だ。
では、実際にキッチンカーを利用するお客さんは、いくらまでなら許容するのか。
「1000円を切ってるなら良いです。1000円以上だとちょっと考えますね」30代会社員の男性Aさんはこう話す。
テレワークなので外食は少ないが、今のキッチンカーの価格設定を見ていると、お得だとは感じながらも、この価格でやっていけるのか心配になるという。キッチンカーはお弁当と考えると割高に感じるが、外食よりは安い。なにより「ここでしか食べられない」という付加価値がある。普通の幕の内弁当なら1000円は高いが、キッチンカーで食べるステーキ弁当なら安いと感じる。
40代会社員の男性Bさんは「900円以内なら良いが今の価格はギリギリ。もう100円上がったらコンビニに行く」という。在宅勤務でキッチンカーのお弁当は週2~3回の楽しみだ。時間がかかるのでお店に入ってまで外食しようとは思わない。キッチンカーは手軽でスピードも早く、価格もバランスがとれていると話す。
20代事務職の女性Cさんは普段500円の社食を利用している。900円のお弁当は贅沢に感じるという。キッチンカーのお弁当は美味しいし値上げはしょうがないが、1000円を超えたら外ではコンビニにするという。
名古屋から出張で来た20代会社員の女性Dさんは、ランチに出せるお金は最大1200円だと話す。キッチンカーは普段使わないが思ったより高いと感じた。「お弁当はもっと安いと思っていた」900円のお弁当を買ったが800円くらいだと思っていたという。お弁当に1000円は出さないと話した。